『組!』繋がりで見るドラマ

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すでにシーズンを外れた話題で恐縮だが、この春、私にしては珍しく民放の連ドラ(『恋に落ちたら』)を見ていた。
目当ては『組!』の土方副長=山本耕史氏と、伊東参謀=谷原章介氏(笑)
他にも伊東参謀の腹心だった加納さんや勇の実兄である音五郎さん、芹沢一派の平間重助まで出演してくれた。(そういえばその前のNHKドラマでも源さん・桂さん・音五郎兄さんが揃い踏みだったと母が喜んで見ていた。)
みな役者さんなのだから不思議はないけれど、ファンにとってはやはり嬉しい。

しかもこのドラマ、『組!』ファンの楽しめる要素が満載だった。
山本氏演じるのが、お人好しの主人公(島男)を支える幼馴染みの親友(安藤龍太)とくれば、連想するなという方がムリというもの。龍太はお調子者で騒々しくて考えるより先に手が(鰹が/笑)出るタイプだけど、親友や片思いの相手のために時に憎まれ役を買って出るほど尽力を惜しまない。当初キャラ的には副長と全然違うと思ったら、なんというか、360度回転して同じところに着地した感がある。
一方の谷原氏演じる神谷陸。伊東参謀と同じく主人公を見下すイヤなエリートかと思いきや、なかなかお茶目なキャラの上、早々に島男の理解者になって面白かった。『組!』でも参謀が生きていればあるいは...などと夢想させられてしまうのが、嬉しいやら悲しいやら。
そして『組!』ファンにとって最大の?注目ポイント。加納さんが、龍太が愛するまり子(島男の妹)の不倫相手として副長と絡んだ一連のシーンだ。副長が加納さん"に"土下座し、ついには兼定ならぬ鰹の一撃を見舞う(→局長の仇を取る)のだから出来すぎだ(笑)

と、この辺りまではただ笑って鑑賞していた。
はっとしたのは、途中まで島男の敵役だった高柳徹の一言。
「ずいぶん待たせるな」
高柳が社長の座から引きずり下ろされるときに島男に向けて言ったのだが、これは『組!』では芹沢鴨の台詞である。
「ずいぶんと待たせやがる」
刺客として踏み込んだ副長たちを迎えての言葉だ。
ここから私の視点は、かなり真面目に『組!』フィルターが重なってきた。

※制作関係者には申し訳ない見方かもしれないが、このドラマを貶めるつもりは毛頭無い。一視聴者の"邪推する楽しみ"としてご理解ください。

単純なお人好しかと思われていた島男は、経営の魔力に囚われて自分や周囲を見失っていく。
それは、政治の世界に囚われていく局長のようにも見えた。『組!』では書かれなかった(書くことを選択されなかった)『燃えよ剣』などに代表されるもうひとつの局長の姿だ。
島男も局長も本来活かされるべき才能・技術(プログラマー、剣客)ではない分野での勝負を余儀なくされ、一時的に上り詰めるものの無惨な敗北を喫してしまう。
そして、そんな彼を変わらず支え続けるのは、幼馴染みの親友なのである。
(更に言えば"その世界"に踏み込むことを躊躇う島男に「何キレイごと言ってんだ」と背中を押したのも龍太なのだ。)
島男はお人好しで純粋でのめり込むタイプだ。影響もされやすいけど、一度こうと信じれば思い込んで突き進んでしまう。しかも見通しは甘い。実はいいように踊らされているので滑稽に見えるが、本人は大真面目に理想を貫こうと無理を重ねて奮闘する。言うまでもなく局長と重なる。それを『組!』の榎本武揚=草なぎ剛氏が演じているのが興味深い。性格面だけでなく、榎本は旧幕府軍のトップとして副長が『その後』支えていく人物だ。

他にも『組!』を連想してしまった小ネタは数多い。
島男を「面白い」と評した高柳[2話]や「思うようにやればいい」と励ました神谷[11話]からは山南総長を。居酒屋に駆け込んだ龍太がものの見事に神谷を吹っ飛ばしたシーン[11話]では寺田屋大騒動の副長と源さんを、シャンパンに顔をしかめる龍太[9話]からは東禅寺での勇や勝邸での平助を。そして龍太の"洋装"[9話](笑)
バー「リオハ」に設けられていた"身分の壁"。それを超えようとして突き飛ばされる島男[1話]は、講武所で追い返された勇に他ならない。
また、ドラマのラストは突然5年後になっていたが、彼らの滞京期間もほぼ5年であったのだ。

などと並べるとキリがないけれど、こんな記事をまとめてみようと思ったのは別の思いつきにある。以下はまったく突飛な発想で、深読みしすぎなのは承知の上だが。
高柳の側近には桐野七海と神谷陸がいる。七つの海と大陸、すなわち"世界"を表す。対する主人公は鈴木島男――"島"である。この図式が、幕末以降の日本に思えてしまう。
ドラマの始まりは、つつましくもささやかな幸せに包まれた"島"。舞台がネジ工場というのも、当時から世界的高水準にあった日本の技術力を暗示する。"島"は"世界"と接触するも、現在の暮らしに満足して交わりを拒絶する。が、否応なく"世界"に巻き込まれ翻弄される。あなたのようにはならないと言いながら、知らず同じような手段で"世界"を手に入れた(と錯覚する)"島"の栄華は長く続かない。
紆余曲折を経て、最終的には"世界"での活躍を選ばず"島"に戻る。"世界"を知らなかった頃に戻れはしないが、その中心には身を置かずに自分なりの幸せを見出していくのだ。
こじつけに過ぎないかもしれないが、興味深い。

さて話を変えて。ちょっと龍太(&副長)に注目してみたい。
龍太は出番こそ少なかったけど、山本氏のキャラ作り(左之助っぽいのがご愛敬)もあってかなりのインパクトだった。それらの下地があって、ドラマ本筋がシビアになるほど、彼のブレない姿勢や癒し・お笑い担当の言動が光った。そういえば副長も後半ストーリーが辛くなるほどお笑い部門を担っていたっけ。
思えば龍太は2話で早々に玉砕して以来、プロポーズ返しされる直前に「お前も幸せになれよ」と言ったほど、下心もなくただひたすら想い人の幸せを願って動いてきた。そんな彼が(主人公の恋を差し置いてまで)報われたのは、副長へのねぎらいも含めてちょっと嬉しい。

副長繋がりといえば、ふたつの台詞を挙げたい。それは「違う!」と「当たり前だろ」。
「違う!」は『組!』で何度となく出てきた。まだ試衛館に住み込む前に百姓としての生き方を突きつけられたときや、流山で腹を切ると言う局長を止めたとき。このドラマでは失脚して帰ってきた島男を迎え、カワハギの刺身の食い方を指導(笑)するときの台詞。
「当たり前だろ」は法度を破れば総司でも俺でも切腹かと問う局長へ、このドラマではネジ工場再建を反対されたとぼやく島男へと放った台詞。更に龍太は「当たり前だろ」の後に「(まり子が島男の幸せを望むという)そんな簡単なことが何でわかんないかな」と呟き、副長は流山の「違う!」に続けて「あんた何にもわかっちゃいねえ」と呻く。
いずれも『組!』では悲痛な叫びであり、このドラマでは温かさ溢れる言葉となっていた。
いい台詞とは如何に特別なことを言わせるかではなく、如何に普通の言葉に特別な意味を持たせるかなのだと痛感させられた。映像の場合は役者や演出の力量にもよることは言うまでもない。

このドラマにおいて、共に失脚した島男と高柳は互いに己を見つめ直すことができた。それができる環境と時間があった。各自が余分なしがらみを背負っていないことも大きいだろう。
そして局長と鴨は手を組み相互に理解を深め、副長と参謀は仲良く抱き合う(笑)。やがては皆がそれぞれの居場所を得てのハッピーエンド。
歴史は変えられない。が、こうなっていたらいいのになぁという『組!』ファンの願いのようだ。




最後に、どうでもいい呟き。
......なんかさ、みんな、時代劇の方が二枚目じゃないか?(爆)

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